その後、デパートを覗いたり公園を歩いたりとブラブラして過ごした。
山口さんとの時間は気負いがなく、自然体でいられた。「樹里亜さんは結婚を考えるような男性はいないんですか?」
「え?」公園のベンチに座りながら、お見合いの席には似合わないことを聞かれ驚いた。
「彼氏とか、いないんですか?」
さらに聞かれて、「あの、今日ってお見合いなんですよね?」そう、聞き返してしまう。「まあ。そうですね。でも、お見合い結婚なんてする気がありますか?」
「いえ。それは・・・」私は言葉に詰まった。一体山口さんは何を考えているんだろう。
どんなつもりで、今日ここに来たんだろう。私にはさっぱり分からない。「僕は知り合いに勧められてここに来ました。いい加減な気持ちではありませんが、まだ具体的に結婚を考えてはいません。樹里亜さんはどうですか?」
「私も、叔母に勧められてきました」そこまで言って言葉を止めた。
正直、山口さんを信じていいのかはわからないが、どうしても嘘をつきたくなかった。「私には結婚を考えられるような男性はいませんが、好きな人はいます。ですから、お見合いは最初からお断りするつもりで来ました。ごめんなさい」
私は立ち上がり、山口さんに向けて深々と頭を下げた。
「いいんですよ。なんとなくわかっていましたから」
「本当にごめんなさい」ひたすら頭を下げることしかできない。「樹里亜さん、おなかがすきませんか?」
「え、ええ」この状況で食事なんてと思ったが、山口さんの優しい笑顔につられ私は小さくうなずいた。
「どこか行きたい店はありますか?」
「いいえ」「じゃあ、僕に任せてもらっていいですか?」「はい」そうして連れて来られたのは、裏通りにあるお寿司屋さん。
決して大きな店ではないけれど、歴史のありそうな店構え。山口さんはためらうことなく、店ののれんあれ? こんな時間に、彼女が通用口を出るのが見えた。 最近、彼女の勤務シフトをチェックしている俺は今日が夜勤なのを知っている。 ってことは・・・もしかして、また体調不良か? 俺は、ためらうことなく彼女に電話した。 『もしもし』 不機嫌そうな声。 「もしもし、どうした?」 『何がですか?』 「もしかして、また具合が悪いの?」 『いいえ』 「じゃあ」 『あの、先生は私を見張ってますか?そんなに気にしていただくような者ではありませんので、お気遣いなく』 ッたく、冷たいな。 「たまたま帰るのが見えたから」 『夜勤が中止になったんです』 「何で?」 『この前お休みした分を明日の勤務に出ることになって。代わりに夜勤を師長と変ったんです』 「へえ」 『先生は当直ですか?』 「いや、もう帰る。飯でも行くか?」 『いいえ、行きません』 相変わらず、あっさりしてる。 「おごるぞ。なんなら、娘さんも一緒に」 「え?」 驚いている。 「いいだろう?俺の方も話しておきたいことがあるし」 『でも・・・』 「駐車場で待っていて。とりあえず送るから。いい、動くなよ」 「・・・」 かわいくない彼女は、ハイとは言わなかった。 でも、きっと待っていてくれるはずだと確信があった。 彼女には話したいことがある。 伝えたい気持ちも、確認したいこともいくつかある。 でも、その前に結衣ちゃんのことを言うべきだろう。 大人として、保護者である彼女に黙っておくべきじゃないと思うから。 でも、本当は結衣ちゃんの口から言わせたい。 さあ、どうしたものかなあ。
「杉本さん、ちょっといいかしら?」 「はい」 体調不良で早退してから1週間。 幸いインフルエンザではなかったため、私は1日だけ休んで勤務に戻ることができた。 大樹先生にはメールでスープのお礼を言っただけで、まだ会うチャンスがない。 何しろ周囲の声がうるさくて、今は何もできない状態になっている。 本当に女子って噂話が大好きで、困ってしまう。 「杉本さん。悪いけれど、先日のお休みの代わりに明日の勤務お願いできないかしら?」 え? 「明日ですか?」 「そうなの」 明日は土曜日か。 困ったな。 こんな不規則な勤務でも、私は今まで土日のお休みをもらっていた。 せめて学校がお休みの日には結衣と一緒にいてあげたくて、無理を言っていた。 それに、明日は映画に行く約束の日。 結衣だって楽しみにしているはず。 「代わりに勤務に入ってくれた人に休みをあげたいし」 「はあ。でも、明日は」 「代わりに今日の夜勤は私が変るから。お願いできないかしら?」 ここまで言われると断れない。 普段から師長には無理を聞いてもらっているし、元々私の早退と突然のお休みがすべての原因。そう思ったら何も言えない。 「わかりました」 そう答えるしかなかった。 結衣には謝って映画を別の日にしてもらおう。 その代わりに、今日は何か結衣の好きなものを作ってあげようかな。 まずは買い物に行って、夜勤で帰ってこないと思っている結衣を驚かせなくちゃ。 さっきまで明日の勤務でブルーになっていたくせに、夜勤がなくなって結衣と過ごせるとわかった途端ウキウキしている私。 単純だな。なんて思いながら、私は足取りも軽くロッカールームへと向かっていた。
本当にもう。 職場の人間の前でまで、ドクター面はやめて欲しい。 ただでさえこの前のことが気になっているのに。 ああ、今日が暇な日で良かった。 昨日から体調不良で寒気がするし、食べられないし、食べてないから余計にフラフラして。こんな日に大樹先生に絡まれて焦ったわ。 「あれ?多恵ちゃん彼氏できたの?」 「はい」 新人も先輩も楽しそうに休憩してる。 まあ、たまにはいいわよね。 こんな日だってないと。 「この前の人は?」 「もう、別れましたよ」 「えー、何で?かっこいいって言ってたじゃない」 「やっぱり同業者はダメです。色々見えてしまって」 「へー」 今日は随分盛り上がってるな。 フー、私も近くの椅子に腰を下ろした。 良かった、やっと休める。 そういえば、結衣はちゃんと学校に行ったかな? 今朝はどうしても起きられなかったから、「ママ、自分で食べるからいいよ」って言ってくれて助かった。 いつの間にか大きくなったのよね。 ん? 視線を感じて顔を上げると、同僚達がコソコソと私の方を見ている。 何ですか?と見返すと、視線を外しみんな散って行く。 はあー又だわ。本当に面倒くさいんだから。 「目が怖いぞ」 え? 大樹先生、いつの間に隣に来ていたんだろう。 「お前、鏡見たことある?」 「はあ?」 「体調が悪のに喧嘩売ってどうするんだよ」 「そんな」 つもりはないけれど。 愛想笑いをする気にならないだけ。 「はい」 差し出されたのは体温計。 え?何で今? 「杉本さん
久しぶりの救急当番。 救急外来にやって来てまず探したのは彼女の姿だった。 最後にまともに会話をしてから1ヶ月近くがたった。 救急に呼ばれることは珍しくないけれど、何度声をかけても仕事以外のことは一切話そうとしてくれない。 この1ヶ月で俺の方にも話さないといけないことがあるんだが、さすがにお手上げ状態だ。 「杉本さん、お願いします」 救命部長の声。 「はい」 離れたところにいた彼女がかけてくる。 あれ? 顔が赤くないか? 救急搬送されてきた患者の診察をする部長についた彼女。 テキパキと仕事をこなしているように見えた。 しかし、 ガチャンッ。 金属のトレーが床に落ちる音。 「すみません」 慌てて拾う彼女。 よく見れば足元がふらついている。 「杉本さん、大丈夫?」 師長が手伝いに入った。 「すみません、大丈夫です」 ったく強情な奴だ。 しばらくして、廊下に出て行く後ろ姿を見て後を追った。 「杉本さん」 「はい」 周りに誰もいないことを確認し、俺は彼女の腕を掴んだ。 そうでもしなければ逃げられてしまう。 「具合悪いんでしょ?」 「いいえ、大丈夫です」 言いながら、うつむき目を合わせようとしない。 「熱は?」 「・・・」 額に手を当てることもなく、熱はありそうだ。 「受診は?」 「・・・」 「薬は?」
大樹先生に会ってから、夜出歩くのは我慢していた。 時々希良々ちゃんの家に行くことはあっても、なるべく家にいるようにしていた。 でも、今日は無理。 今日は学校で嫌なことがあった。 もうすぐ父の日だねって話になって、「結衣はパパいないから関係ないね」って。 「そんなことない、パパはいるよ」って言っても、嘘つきだって言われて、「結衣のママは不良だった」なんて言われたから喧嘩になった。 悔しくて悲しいけれど、ママには言えない。 こんな日は1人で家にいるのが嫌で、街にでかけた。 コンビニに行ったり、24時間営業のドラッグストアを覗いたりして11時を回った頃、 「ねえ君」 急に声をかけられた。 そこにいたのは、お巡りさん。 マズイ。そう思っても体が動かない。 どうしよう、どうしよう。 頭の中が空回りしている。 その時、 「結衣ちゃん」 遠くの方から名前を呼ばれた。 あ、大樹先生。 「こら、1人で行くなよ。迷子になるぞ」 ええ? 「すみません。うちで預かっている子なんです。僕は」 と、名刺を差し出す。 「ああ、そうだったんですか。小さな子が1人でいたので驚きました」 お巡りさんはすぐに去って行った。 「お腹すいた?何か食べる?」 「いらない」 なんだかとても恥ずかしい。 居心地が悪くて逃出したいのに、大樹先生は側を離れずついてくる。 他に行くところもなくて、仕方なく近くのベンチに座った。 ああそうだ。ママのおにぎりを持ってきたんだった。 「食べますか?」 「うん、ありがとう」 「いただきます」
「結衣ちゃん、カラオケ行く?」 「えー?」 声をかけた希良々(きらら)ちゃんを睨んでしまった。 「行こうよ」 「うーん」 本当はカラオケって、あんまり好きじゃない。 どこか静かなところで本を読んでいる方が好きなんだけど・・・ 私は杉本結衣、9歳。小学3年生。 駅から少し離れた住宅街のアパートにママと2人暮らし。 隣を歩く希良々ちゃんは中学1年生。私より4歳年上の友達。 「あっ?」 希良々ちゃんの声。 見ると、あああ、お巡りさん。 とっさに腕を引かれ、物陰に隠れた。 時刻は午後11時。小中学生の出歩く時間じゃない。 見つかったら大変なことになる。 「行ったわね」 「うん」 ドキドキした。 フフフ。顔を見合わせて笑ってしまった。 その時、 「こらっ」 逃げ込んだ路地をのぞき込む人影。 私も希良々ちゃんも固まった。 10分後、駅前の喫茶店。 「どうぞ」 と声をかけられても、手が出せない。 「大丈夫、毒なんて入ってないから」 そんなことはわかっています。 このサンドイッチを作ったのはこの店のマスターだし。 優しく笑いかけるのは、目の前のスーツを着た男の人。 それもかなりのイケメン。 「どうしたの、お腹すいてるでしょ?」 でも・・・さすがに、知らない人にご馳走になるのは良くないと思う。 「結衣ちゃん、大樹先生は大丈夫。お医者さんだから」 へ? 「僕はね、希良々ちゃんのお母さんの主治医なんだ」 「ふーん」 「君は、結